2015年07月04日

人生が変わる哲学の教室

人生が変わる哲学の教室 (中経の文庫) -
人生が変わる哲学の教室 (中経の文庫) -

 どうしても生きるのが苦しいという人は、人生に「大文字の意味を」を求めることをやめてはどうでしょう。人の一生なんて長い地球の歴史のほんの一瞬にすぎません。だから日々生きていることを楽しむべきです。人生には、そのことにしか意味がありません。いっそあなたの重荷になっている物事をすべて捨ててしまえばいいのです。そうすれば少なくても気が楽になるんじゃないでしょうか。

 理想を選択するというのは、前に進みたいときですね。あるいはその場所から抜け出したいときであるといってもいい。そして現実を選択するときというのは、今いる場所を受け入れようとするときなのです。前にすすむためにあえて現実を選ぶという方法もあります。あまりハードルが高いといつまでたってもそこから抜け出すことができないからです。この場合、現実の先に理想が控えているのであって、必ずしも現実に甘んじたということにはならないでしょう。

 「もし・・・を欲するならば、〜せよ」というように、予め設定された何らかの目的を前提とし、その目的を前提とし、その目的を実現するために必要な手段として行為を命ずるのではいけないのです。このような条件付きの命令を「仮言命法」をいいます。そうではなくて、条件は一切つけずに、単に「〜せよ」と行為のみを求めるのです。ここでは行為の目的は前提となっていません。このような条件を一切つけない命令を「定言命法」をいいます。何かメリットがあるから行為するというのは、仮言命法なのです。
 しかし、ただ「やれ」といわれても、常にその行為が正しい行為となるかどうかはわからない。そこで私(カント)は、「あなたの意思の基準が、常に普遍的な立法の原則に合致するように行為しなさい」という原理が成立つ場合のみ、定言命法は妥当するとしています。簡単にいうと、定言命法は、誰もがその判断が正しいと思えるばあいにのみ成立するということです。

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posted by 飛べないカカポ at 19:16| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする